ルートヴィヒ・ヴィルヘルム公爵は、皇妃エリザベートの兄です。
あまり馴染みのない人物ですが、このルートヴィヒ・ヴィルヘルムがただ生きている、存在している。
たったそれだけでハプスブルク家の運命が変わっていったと言っても過言ではありません。
ヴィッテルスバッハ家の嫡男ルートヴィヒ・ヴィルヘルムは、そんな奇妙な存在でした。
貴賤結婚に次ぐ貴賤結婚
皇妃エリザベートの兄、そして一見なんの変哲もない男 ルートヴィヒ・ヴィルヘルム公爵は、貴賤結婚(身分違いの結婚)をした。
ヴィッテルスバッハ家の嫡男でありながら、ルートヴィヒ・ヴィルヘルムの一度目の結婚相手は女優 ヘンリエッテ・マリー。完全なる貴賤結婚であった。
そのため貴族の嫡男としての権利を全て放棄し、弟カール・テオドールに譲っている。
一男一女をもうけたが、妻であるヘンリエッテ・マリーと死別。その後ルートヴィヒ・ヴィルヘルムは再婚する。
しかもまたしても貴賤結婚であった。相手はバイエルン国立劇場のバレリーナ・バルバラ・アントニアである。
再婚した頃はハプスブルク家も斜陽の一途を辿っており、「貴賤結婚はしてはならない」といった意識も緩くなってきていた可能性は捨てきれない。
しかしさすがに二度もとなると、結婚相手の女優側に打算はなかったのだろうかと心配になる程だ。
果たしてなんの変哲もない男ルートヴィヒ・ヴィルヘルムは、二度目の結婚に失敗。離婚してしまう。
残されたルートヴィヒ・ヴィルヘルムの手元には、先の妻との娘マリー・ルイーゼ・ラリッシュ伯爵夫人と、息子カール・エマヌエル伯爵がいた。
二人の子どものうち、娘マリー・ルイーゼ・ラリッシュ伯爵夫人が歴史の渦を作るとは、ルートヴィヒ・ヴィルヘルムはまだ知らなかった。
なんでもない男ルートヴィヒ・ヴィルヘルムの娘は「変哲」した
この一見「なんでもない男」が貴賤結婚したことにより、帰属意識の「悪い意味で薄い」娘マリー・ルイーゼが生まれた。
結婚したルートヴィヒ・ヴィルヘルムに生まれた娘マリー・ルイーゼ・ラリッシュ伯爵夫人は、貴族社会での身分は皇妃エリザベートの姪であり申し分ない。
そのマリー・ルイーゼ・ラリッシュ伯爵夫人の生き様が、ルートヴィヒ・ヴィルヘルムが生まれた次に訪れた大きな分かれ道だっただろう。
マリー・ルイーゼ・ラリッシュ伯爵夫人は、皇妃エリザベートに可愛がられた影で、誰かと誰かを「気持ち悪い意味で」繋げていくようになる。
そこに現れたのがヴェッツェラ男爵夫人だった。のし上がりたいヴェッツェラ男爵夫人と急激に懇意になっていく。
そしてマリー・ルイーゼ・ラリッシュ伯爵夫人は、後にマイヤーリング事件でルドルフ皇太子と情死するヴェッツェラ男爵令嬢マリー・ヴェッツェラを、ルドルフ皇太子に取り継いでしまう。
マリー・ヴェッツェラ男爵令嬢もルドルフ皇太子に熱い想いを抱えていたのだ。
結婚している次期皇帝に、愛人を取り継ぐ大胆不敵さ。しかもマリー・ルイーゼ・ラリッシュ伯爵夫人は、金銭を貰って行っていたのだ。
なんでもない男が生きたこと、そして結婚相手の選択。生まれた娘の狡賢さ。
これらが相まって、自身の娘がマイヤーリング事件という大きな事件に関与していく様は、なんとも皮肉なものだろう。
エリザベートは、兄ルートヴィヒ・ヴィルヘルムに金銭的な援助をし、また姪マリー・ルイーゼ・ラリッシュ伯爵夫人を可愛がってきたというのに、だ。
ルドルフ皇太子と、自身が取り継いだヴェッツェラ男爵令嬢が情死したと知ったマリー・ルイーゼ・ラリッシュ伯爵夫人は、生きた心地がしなかったに違いない。
二人を取り継いだことが発覚したマリー・ルイーゼ・ラリッシュ伯爵夫人は、追放という名の逃亡をすることとなる。
ハプスブルク家の没落
かくしてハプスブルク家は皇位継承者を失った。
普墺戦争を戦い抜き、貴族としてオーストリア陸軍近衛隊長も務めたルートヴィヒ・ヴィルヘルム公爵であったが、オーストリアは敗戦。ハプスブルク家も傾き始める。
「他に良い人物がいない」と皇位継承者となった皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の甥フランツ・フェルディナント大公であったが、ルートヴィヒ・ヴィルヘルムと同じく貴賤結婚を選んだ。
皇位継承をも望むフランツ・フェルディナント大公は、貴賤結婚した妻とサラエボで一緒に暗殺されてしまう(サラエボ事件)。
フランツ・フェルディナント大公夫妻の暗殺事件により、オーストリア帝国はセルビアに宣戦布告。第一次世界大戦へと突入する。
しかしオーストリア帝国に力は残っていなかった。第一次世界大戦中に皇帝フランツ・ヨーゼフ1世がこの世を去り、カール1世へと静かに帝位の継承がなされた。
1918年、帝政廃止、ハプスブルク家の没落。オーストリアにとってもヨーロッパにとっても大きな節目となる。
なんでもない男が生きたからこその「変哲」
なんと96歳まで生きたルートヴィヒ・ヴィルヘルム。今はドイツ・ミュンヘンのオストフリーホフ墓地で、娘マリー・ルイーゼと並んで安らかに眠っている。
この普通の、なんでもない貴族の男がただ生きたことで時代が変わろうとは、誰も思っていなかっただろう。
バイエルン公家であるヴィッテルスバッハ家は、父マクシミリアン・ヨーゼフ公爵の影響、そしてマクシミリアン・ヨーゼフ公爵の育った環境の影響が強い家系になっていたと言っても過言ではない。
事実、自由奔放に生きる父だった。
史実を顧みると、皇妃となったエリザベートも、ヴィッテルスバッハ家の影響から抜けきれない女性であったのは、手に取るように分かるのではないだろうか。
表には出てこない「なんでもない男」ルートヴィヒ・ヴィルヘルム。
ハプスブルク家の歴史において、間違いなく脈々と生きた人物である。
ルートヴィヒ・ヴィルヘルムの関連記事一覧
- ルートヴィヒ・ヴィルヘルム公爵の人物データを見てみる(準備が出来次第公開します)
- マイヤーリング事件の史実詳細を見てみる(準備が出来次第公開します)
- 他の人物データを見てみる(準備が出来次第公開していきます)
参考文献
- ブリギッテ・ハーマン著/中村康之訳 「エリザベート 美しき皇妃の伝説」 上 ISBN-13 978-4-02-261488-9
- ブリギッテ・ハーマン著/中村康之訳 「エリザベート 美しき皇妃の伝説」 下 ISBN 978-4-02-261489-6
- 仲晃著 「「うたかたの恋」の真実 ハプスブルク皇太子心中事件」 ISBN 4-86228-003-X
- 川島ルミ子著 「最期の日のマリー・アントワネット ハプスブルク家の連続悲劇」978-4-06-281517-8
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